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「湘南剣友会」の思い出 ②——道場破り現る

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「湘南剣友会」の思い出 ②——道場破り現る

 湘南剣友会ではこんなことがありました。土地が鎌倉ということもあり、剣道クラブはいくらでもありました。そんな中を、剣道具と竹刀を抱えた中年男性が武者修行と称して渡り歩いているのです。その彼がある日、僕のクラブにやって来たのです。僕は住いが逗子で、その男性のことは全く知りませんでした。

 さて彼は上座に悠然と座り、道具を身に着けて立ち上がると、稽古をつけ始めました。段位は七段だとか。体も大きく、がっしりとして、貫禄があります。僕も上座にいましたから、彼の稽古は見ていません。するうちに男子が羽目板に叩きつけられ、ドシーンという大きな音が響きました。見ると、その男子は高校一年の僕の息子だったのです。剣道では、羽目板に叩きつけられるなど当然のことで、なんてことはありません。しかしその瞬間、僕の心の中にはふつふつと怒りが渦巻きました。ふざけるな、と思ったのです。どうしてなのか、その理由はいまだに見つかりません。

 僕はさっと下座に移ると、相手をお願いしました。切り返しが終わるや、僕は猛然と打って出ました。僕自身、あれほど激しい動きをしたのは初めてだったように思います。彼はタッ、タッ、タッと後ろに下がるだけで、やがて「参った!」と言ったのです。僕はそこで正気づきました。彼もたぶんそうだったのではないでしょうか。その後は二度と彼の姿を目にしませんでした。

 僕は生徒たちに、最初の一本を取るようにと教えました。ご存じのように、剣道は三本勝負です。ということは、最初に一本取られて自分は死んだとしても、二本目、三本目で復活勝利ができるということなのです。こんなバかな話はないと僕は思い、それで最初の一本にこだわるようにと教えたのです。

 鎌倉は祭りの都です。剣道の大会も鎌倉の各地で行われます。我々も出場しました。その結果は……まあ、驚くほどの好結果だったのです。ただ僕は試合を見には行きますが、見物するだけで、積極的なアドバイスは一切しませんでした。僕には、剣道家として試合に拘泥するという行為がどうしても納得できなかったのです。

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山本光伸プロフィール

 札幌で出版社・柏艪舎と文芸翻訳家養成校・インターカレッジ札幌を経営しています。
 80歳で小説家デビューを機にブログをはじめました。
 ロバート・ラドラム『暗殺者』、アルフレッド・ランシング『エンデュアランス号漂流』(新潮社)、ボブ・グリーン『デューティ』(光文社)他、訳書は200冊以上。

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