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山本光伸 翻訳教室 ②

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山本光伸 翻訳教室 ②

 ここには誤訳が一つと、僕が先ほど得意げに述べた、日本語と英語の表現方法の明確な違いがあります。この二つに僕が気付いたのは、丁寧に英文と日本文を読み比べたからではなく、あくまでも英文(つまり訳文)を読んでいて、おかしいなと思ったからなのです。僕がいつも言っている、オリジナルを書くように訳せ、の面目躍如と言ったところですね。

 では最初の誤訳のほう。これは気がついた方があるかもしれません。そうです、上から3行目の、Yes, five peasants will be suspended― のところです。僕は英文を読んだときに、どうして五人の百姓と人数が決まっているんだ、と思ったものです。それで原文を調べてみると、五体逆さにされて、と書いてある。これは五体満足と同じで、その人の身体全体を差していることは明白でしょう。五人とかの数の問題ではないわけです。 

 では次に、正解者が一人もいないという問題です。それは最後のパラグラフです。ここで遠藤周作の原文は、「彼は相手の言葉が脅しか本当かをさぐるため、……」となっています。しかし英訳文では、それが逆転し、Were these words serious? or were they a threat?の順になっています。つまり、この英文をそのまま日本語にすれば、本当か脅しか、になるはずなのです。

 我々が注意しなければならないのは、日本語では、当人の一番言いたいことが後にくる。そして英語ではそれが逆になるということなのです。したがって、英訳でこの二つを逆転させた翻訳者は合格点だし、それを日本語に戻したときに再び逆転させなければ落第なのです。おわかりになりましたか。

 日本人の中には、この順番は結局同じことなのだから、どちらが先でも構わないだろう、と言う方がいます。そういう方に僕が言うのは、じつに歯切れが悪いものです。――そう言われれば確かに、とか、まあ僕の考えなのでお許しを、とか。僕としてはしかし、この違いをはっきり意識するかしないかで翻訳家としての将来が決まる、と思っているのですから困ったものです。

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山本光伸プロフィール

 札幌で出版社・柏艪舎と文芸翻訳家養成校・インターカレッジ札幌を経営しています。
 80歳で小説家デビューを機にブログをはじめました。
 ロバート・ラドラム『暗殺者』、アルフレッド・ランシング『エンデュアランス号漂流』(新潮社)、ボブ・グリーン『デューティ』(光文社)他、訳書は200冊以上。

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